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富山地方裁判所 昭和30年(わ)258号 判決 1958年7月28日

被告人 島村与一郎 外五名

主文

被告人和田道郎を罰金五万円に

同 野中鼎を罰金五万円に

同 松原秀二を罰金一〇万円に

同 大前修を懲役八月に

同 今井一美を懲役五月に

各処する。

但し、被告人大前修、同今井一美に対しては当該裁判確定の日から夫々三年間当該刑の執行を猶予する。

被告人和田道郎、同野中鼎において夫々当該罰金を完納することが出来ないときは金五〇〇円を、被告人松原秀二において、当該罰金を完納することができないときは金一〇〇〇円を各一日に換算した期間同被告人等を労役場に留置する。

被告人大前修から金三二万六四二一円を

同 今井一美から金一万五七〇〇円を

各追徴する。

訴訟費用中、証人海住実に支給した分の中、昭和三二年一月二二日尋問した分はこれを五分し、その各一を被告人大前修、同今井一美、同和田道郎、同野中鼎、同松原秀二の各負担とし、昭和三二年九月一八日尋問した分はこれを三分し、その各一を被告人大前修、同今井一美、同野中鼎の各負担とする。

証人長井直之助、飛鳥井良司、中島庄平、竹内秀造、新山武夫、直江重三、分校豊子、永藁ひろ子、山崎阿いに各支給した分はこれを三分し、その各一を被告人大前修、同和田道郎、同野中鼎の各負担とする。

証人山本伊松、石井泰安、宮村吉、安田喜信、中村邦一に各支給した分は被告人大前修の負担とする。

証人野中鼎、今井一美に支給した分はこれを二分し、その各一を被告人大前修、同和田道郎の各負担とする。

証人横山正明、後藤光義、横田豊次、満岡常雄、八木勉、林勝子に各支給した分はこれを二分し、その各一を被告人大前修、同松原秀二の各負担とする。

証人和田弘、池野一寛に支給した分は被告人大前修の負担とする。

証人結城貢に支給した分は被告人松原秀二の負担とする。

証人鈴木栄太郎、武田章一、鈴木泰、高島貞義に各支給した分は被告人今井一美の負担とする。

被告人和田道郎、同野中鼎は「昭和三〇年一二月一五日付起訴状の公訴事実(一)(二)(三)及び(四)のうち今井一美に対する饗応分並びに昭和三一年一月一四日付起訴状の公訴事実第一の(一)(二)の各事実」につき、孰れも無罪。

被告人大前修は「昭和三〇年一二月二一日付起訴状の公訴事実(一)(二)(三)及び昭和三一年一月一四日付起訴状の公訴事実第二の(一)の1の各事実」につき無罪。

被告人今井一美は「昭和三〇年一二月二一日付起訴状の公訴事実(一)(二)(三)及び(四)、昭和三一年一月一四日付起訴状の公訴事実第二の(二)の1、2並びに昭和三〇年一二月二四日付起訴状の第二の各事実につき無罪。

被告人島村与一郎は無罪。

理由

第一、被告人和田道郎は昭和二八年二月頃、被告人野中鼎の紹介により、当時富山県下新川郡宮崎村笹川長井直之助が右笹川部落において、農山漁村電気導入促進法に基く手続により、同部落経営の笹川小水力発電所建設を計画していることを知り、自己が土木建築請負業者であるところから、右発電所工事を請負う意図のもとに右長井直之助に協力して右発電所の建設計画を実現しようとしたものであり、被告人野中鼎は右農山漁村電気導入促進法に精通している上に、右法律施行に当る主務官庁である農林省の担当係官に面識あるところから、前記和田道郎等の計画実現に協力することを約したものであるところ、右被告人等両名は前記長井直之助と共に同年三月頃から主務官庁である農林大臣の行う全国農山漁村電気導入計画への編入決定並びにこれに基く農林漁業金融公庫から資金融資を受けるために努力し右笹川小水力発電所の建設計画は同年九月末頃、全国農山漁村電気導入計画に編入されたのであるが、被告人等両名共謀の上

(一)  同年一〇月一一日頃、富山県字奈月河内屋旅館において、当時農林省農村工業課に電化班長として勤務し、同課長所管の農業用小水力発電施設の助成に関する事務……主として全国農山漁村電気導入計画編入決定等の職務……を担当していた農林技官大前修に対し右笹川小水力発電計画が全国計画に編入されたことの謝礼並びに今後通産省との合同協議においてもこの計画が許可になるよう尽力して貰うことの謝礼として金七、四二一円相当の飲食遊興の饗応をし

(二)  同二九年三月六日頃、前記宇奈月延対寺荘において、当時右発電所計画に対する通産省の許可が得られなかつたところから、これを許可するよう側面的に援助して貰うことを前記大前修に依頼し、その報酬として金七五〇〇円相当の飲食遊興の饗応をし

(三)  同年同月八日頃、金沢市八幡町山乃尾旅館において、同人に対し前同様の趣旨のもとに金一万円(公訴事実二万円)を交付し

以て農林技官大前修の職務に関し賄賂を供与し

第二、被告人松原秀二は発電用の水車等を製作している株式会社荏原製作所の取締役兼販売部長の職にあるものであるが、農林技官大前修が農林省農村工業課に勤務し、前述の如く農業用小水力発電施設の助成に関する職務を担当していたところから、同技官と交渉を持ち右小水力発電用の水車等の注文を他社に先んじて取るため予め同技官から全国の小水力発電所建設計画に関する情報をもらつていたこと、同技官が各地小水力発電所建設の事業主体に対し全国農山漁村電気導入計画編入への行政手続上の指導をする際に同社製作の水車を特に推奨して貰つたこと、殊に北海道勇払郡穂別村の同村電気利用農業協同組合の富内発電所の事業計画(事業計画拡張の許可等について)が偶々同技官の指導担当のもとにあつたところから、同技官に対し右組合長横山正明に対し同発電所に使用する水車等には右荏原製作所の製品を勧めて貰いたいこと並びに将来も同様の尽力をして貰いたい趣旨のもとに

(一)  同製作所八木勉と共謀の上昭和二八年七月下旬頃、東京都中央区銀座西八丁目七番地純喫茶「サボイアー」において右農林技官大前修に対し現金一〇万円を交付し

(二)  同年一二月上旬頃、東京都中野区本郷通り一丁目二三番地の同技官方において、同人に対し現金二〇万円、コーヒーセット一組(時価一五〇〇円相当)を交付し

以て農林技官大前修の職務に関し賄賂を供与し

第三、被告人大前修は昭和二三年一〇月三〇日付を以て農林技官に命ぜられ、昭和二七年八月一日から農林省農林経済局農業協同組合部農村工業課に配置せられ、電化班長として同課所管の農業用小水力発電施設の助成に関する事務……主として全国農山漁村電気導入計画の策定……を担当していたものであるが

(一)  当時富山県下新川郡宮崎村所在の宮崎村電化農業協同組合(組合長長井直之助)から農山漁村電気導入促進法に基き農林大臣宛申請されていた笹川小水力発電施設計画が昭和二八年九月末頃、農林大臣の定める全国農山漁村電気導入計画に編入されたところから、右発電施設の工事関係を担当していた和田道郎、野中鼎から

(イ)  昭和二八年一〇月一一日頃、富山県宇奈月、河内屋旅館において右笹川小水力発電計画に編入されたことの謝礼並びに今後通産省との合同協議においてこの計画が許可になるよう側面的に尽力して貰うことの謝礼として饗応するものであることの情を知り乍ら金七、四二一円相当の飲食遊興の饗応をうけ

(ロ)  同二九年三月六日頃、前記宇奈月、延対寺荘において、前同様の趣旨のもとに饗応するものであることの情を知り乍ら金七、五〇〇円相当の飲食遊興の饗応をうけ

(ハ)  同年同月八日頃、金沢市八幡町、山乃尾旅館において、前同様の趣旨の下に交付するものであることの情を知り乍ら現金一万円(公訴事実二万円)の交付をうけ

(二)  当時株式会社荏原製作所の取締役兼販売部長松原秀二と知合い同人等の依頼により被告人の所管下にある小水力発電関係の水車等について受注文の便宜を図るためこれ等に関する情報を提供し、或は被告人が各地小水力発電所建設の計画をもつ事業主体に対し、右事業計画が全国農山漁村電気導入計画編入への行政手続上の指導をするに際し同荏原製作所製作の水車を推奨し特に北海道勇払郡穂別村の同村電気利用農業協同組合において建設中の富内発電所の建設計画が偶々被告人の所管下にあつたところから右組合長横山正明に対し同発電所に使用する水車等は右荏原製作所の製品を使用するよう執拗に強要していたものであるが

(イ)  昭和二八年七月下旬頃、東京都中央区銀座八丁目七番地純喫茶「サボイアー」において、同製作所八木勉を介し右松原秀二からこれ等の尽力に対する謝礼として交付するものであることの情を知りながら現金一〇万円の交付をうけ

(ロ)  同年一二月上旬頃、東京都中野区本郷通一丁目二三番地の被告人方において松原秀二から前同様の趣旨のもとに交付するものであることの情を知り乍ら現金二〇万円、コーヒーセット一組(時価一、五〇〇円相当)の交付をうけ

以てその職務に関し賄賂を収受し

第四、被告人今井一美は、昭和二一年七月一五日付を以て農林事務官に命ぜられ、昭和二七年八月一日から農林省農林経済局農業協同組合部農村工業課に配置せられ、農産加工その他の農村工業の振興を図る事務を担当していた外農村工業に属する施設の災害復旧に関する災害額の裁定並びに補助金交付事務をも合せ担当していたものであるが、豊橋市杉山町字前屋敷七五ノ四番地所在杉山農業協同組合経営の澱粉工場が昭和二八年九月の台風一三号により災害をうけ、同組合から災害復旧に要する国庫補助金の交付申請がなされていたのであるが、被告人は右杉山農業協同組合長鈴木栄太郎から右補助金が早急に交付されるよう事務上の進捗を図つて貰いたいことを依頼され、その報酬として提供されるものであることの情を知り乍ら同人から

(一)  昭和三〇年一〇月一日頃、豊橋市松葉町一一〇番地料理旅館吾妻家こと伊藤太吉方において金五、七〇〇円相当の飲食遊興の饗応をうけ

(二)  同年同月二日頃、同所において、宮田定信を介し現金一万円の交付をうけ

以て職務に関し賄賂を収受し

たものである。

(証拠略)

法律に照すと、被告人和田道郎、同野中鼎、同松原秀二の各贈賄の点は夫々刑法第一九八条罰金等臨時措置法第三条(被告人和田道郎同野中鼎並びに同松原秀二の判示第二の(一)については尚刑法第六十条)に該当するところ孰れも所定刑中罰金刑を選択し、右は夫々刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四八条第二項により各その罰金合算額の範囲内において夫々主文の刑を量定処断し罰金不完納の場合における換刑処分について夫々同法第一八条第一項を適用し、被告人大前修、同今井一美の各収賄の点は夫々刑法第一九七条第一項前段に該当するところ、右は孰れも同法第四五条前段の併合罪であるから各同法第四七条第一〇条により被告人大前修については判示第三の(二)の(ロ)の罪の刑に被告人今井一美については判示第四の(二)の罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内において主文の刑を量定処断し、尚諸般の情状を考慮し同法第二五条第一項により夫々当該裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予し、被告人大前修、同今井一美に対する各追徴については夫々同法第一九七条ノ四後段を、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項を各適用し、主文(無罪部分を除く)の通り判決する。

被告人和田道郎、同野中鼎に対する公訴事実中(一)昭和三〇年一二月一五日付起訴状の公訴事実(一)(二)(三)の事実即ち「被告人等両名は共謀の上笹川小水力発電所の建設並びに資金融資につき、農林事務官今井一美、農林技官大前修に対してその職務に関し(一)昭和二八年九月二七日農林省農村工業課室内において夫々現金一五、〇〇〇円を交付し(二)同年一〇月九日頃、石川県白雲楼において、夫々九、一八四円相当の飲食遊興の饗応をし(三)同月一〇日頃、金沢市内料亭丸子方において、夫々五、二〇二円相当の飲食遊興の饗応をした」との事実並びに(四)のうち「同年同月一一日頃富山県宇奈月、河内屋旅館において農林事務官今井一美に対して七、四二〇円相当の飲食遊興の饗応をした」との事実、(二)昭和三一年一月一四日付起訴状の公訴事実第一の(一)(イ)(ロ)及び(二)の事実即ち「被告人等両名共謀の上(一)(イ)昭和二八年九月二八日頃、農林省農村工業課室前廊下において農林技官大前修に対し現金八、〇〇〇円(ロ)農林事務官今井一美に対し現金六、〇〇〇円を各交付し(二)同年一〇月一二日頃、富山県宇奈月、河内屋旅館において、農林事務官今井一美に対し現金二万円を交付した」との事実について夫々検討してみる。

先づ昭和三〇年一二月一五日付起訴状の公訴事実(一)(二)(三)及び(四)のうちの被告人今井一美に対する饗応分の事実について審究してみるに同被告人等の当公判廷における供述並びに被告人大前修、同今井一美の当公判廷における供述により右公訴事実記載の日時、場所において同公訴事実記載の通りの金銭の提供又は酒食の饗応をしたことを認めることができる。而してこれ等の金銭の提供又は酒食の饗応の趣旨を更に証拠により検討してみると、被告人和田道郎、同野中鼎等は右当時笹川小水力発電所建設関係の外に尚石川資源開発株式会社の融資関係についても被告人大前修、同今井一美との間に密接な交渉のあつたことが認められるので、同人等に対する前示金銭の提供並びに酒食の饗応が何れの側のために為されたものであるか、これを明確にすることは非常に困難であるが、尠くとも右(一)(二)(三)の事実における金銭提供又は饗応が専ら笹川小水力発電所関係において為されたものであるとの証明は必ずしも明確ではない、却つて右(一)及び(三)の金銭提供は石川資源開発株式会社の支出において為されたものであるとの充分の証拠があり、また(二)(三)の饗応の性格については、その饗応をするに至つた動機、その会合に出席した人員が主として石川資源開発株式会社側の者と認められる点を綜合して考えると、これ等金銭提供又は饗応は、検察官が公訴事実において主張している如く笹川小水力発電所関係のために為されたものであると断定する為には未だ証拠が充分であると謂うことはできない。

次に同起訴状の公訴事実(四)のうちの今井一美に対する饗応分については、後に被告人今井一美のこの点に関する無罪理由において詳述するように、同被告人は小水力発電関係の事務、特に検察官が主張しているこれ等小水力発電関係の資金計画並びに資金確保事務について何等の職務権限を有していないことが明白であり、且当時同時に饗応をうけその饗応の趣旨に対応する職務権限があるものとして有罪の認定を受けた被告人大前修と共謀して饗応をうけたもの、即ち身分のないものが身分のあるものと共謀して罪を犯したものであるとの証拠も不充分であるから結局犯罪の証明がないことに帰着するのである。次に昭和三一年一月一四日付起訴状の公訴事実第一の(一)の(イ)(ロ)及び(二)の事実について考えてみるに、右(一)の(イ)(ロ)の各金銭提供の事実については被告人和田道郎、同野中鼎も当公判廷においてこれを否認し、また被告人大前修、同今井一美においても同じく当公判廷においてこれ等金銭の提供をうけたことを否認しているのである。而してこの金銭提供のあつた日として訴因に明記してある日時が、前記昭和三〇年一二月一五日付起訴状の公訴事実(一)の夫々一五、〇〇〇円の金銭提供のあつた日の翌日にあたるところから考えて、同被告人等が述べる如く一五、〇〇〇円を提供した翌日更に金銭を提供せねばならぬ必要性が甚だ稀薄であり、他の証拠とも合せ考えて被告人等のこれ等否認の供述は一応の根拠をもつものであるから信用するに足るものと考えるのである。次に(二)の事実については、前記昭和三〇年一二月一五日付起訴状の公訴事実(四)について述べた如く被告人今井一美は小水力発電関係の資金計画並びに資金確保事務については何等の職務権限を有しなかつたものであるから仮に公訴事実記載の趣旨で同被告人等が被告人今井一美に金銭の提供をしたものとしても贈賄罪は成立する筋合ではないのである。

被告人大前修に対する公訴事実中(一)昭和三〇年一二月二一日付起訴状の公訴事実(一)(二)(三)の事実即ち「被告人は笹川小水力発電所の建設並びに資金融資につきその職務に関し和田道郎、野中鼎から(イ)昭和二八年九月二七日頃農林省農村工業課室内において、現金一五、〇〇〇円の交付をうけ、(ロ)同年一〇月九日頃、石川県白雲楼において金九、一八〇円相当の飲食遊興の饗応をうけ、(ハ)同月一〇日頃、金沢市内料亭丸子方において五、二〇二円相当の飲食遊興の饗応をうけた」との事実(二)昭和三一年一月一四日付起訴状の公訴事実第二の(一)の1の事実即ち「被告人はその職務に関し被告人和田道郎、同野中鼎から昭和二八年九月二八日頃、農林省農村工業課室前廊下において現金八、〇〇〇円の交付をうけた」との事実について、夫々検討してみる。先づ昭和三〇年一二月二一日付起訴状の公訴事実(一)(二)(三)の点を考えるに右は被告人和田道郎、同野中鼎に対する昭和三〇年一二月一五日付起訴状の公訴事実(一)(二)(三)の各事実についての無罪理由と同一の理由によつて同じく無罪であるからこれを援用する。次に昭和三一年一月一四日付起訴状の公訴事実第二の(一)の1の点を考えるにこれも同じく被告人和田道郎、同野中鼎に対する昭和三一年一月一四日付起訴状の公訴事実第一の(一)の(イ)の事実についての無罪理由と同一の理由により同じく無罪であるからこれを援用する。

被告人今井一美に対する公訴事実中(一)昭和三〇年一二月二一日付起訴状の公訴事実(一)(二)(三)及び(四)の各事実即ち「被告人は笹川小水力発電所の建設並びに資金融資につき、その職務に関し(一)和田道郎、野中鼎から(イ)昭和二八年九月二七日頃、農林省農村工業課室内において現金一五、〇〇〇円の交付をうけ(二)同年一〇月九日頃、石川県白雲楼において、九、一八〇円相当の飲食遊興の饗応をうけ(三)同月一〇日頃、金沢市内料亭丸子方において、五、二〇二円相当の飲食遊興の饗応をうけ(四)同月一一日頃、富山県宇奈月、河内屋旅館において七、四二〇円相当の飲食遊興の饗応をうけた」との事実(二)昭和三一年一月一四日付の起訴状の公訴事実第二の二の1、2の事実即ち「被告人はその職務に関し和田道郎、野中鼎から(1)昭和二八年九月二八日頃農林省農村工業課室前廊下において現金六、〇〇〇円の交付をうけ、(2)同年一〇月一二日頃、富山県宇奈月、河内屋旅館において、現金二万円の交付をうけた」との事実(三)昭和三〇年一二月二四日付起訴状の公訴事実第二の各事実即ち「被告人はその職務に関し島村与一郎から昭和二九年六月二四日頃から同年一二月二〇日頃迄の間前後九回に亘り東京都内、金沢市内において、現金合計四九、〇〇〇円、黒塗菓子皿一組、ウイスキ瓶一本の交付をうけた」との事実について検討してみる。

先づ昭和三〇年一二月二一日付起訴状の公訴事実(一)(二)(三)の事実については、被告人和田道郎、同野中鼎に対する昭和三〇年一二月一五日付起訴状の公訴事実(一)(二)(三)についての無罪理由と同一の理由により無罪であるからこれを援用する。同起訴状の公訴事実(四)のうち被告人今井一美に関する分について考えてみるに、同公訴事実の昭和二八年一〇月一一日頃、富山県宇奈月、河内屋旅館において被告人大前修と共に饗応をうけた事実は被告人今井一美もこれを認めているところであり且右饗応の趣旨は被告人大前修に対する判示事実について既に有罪の認定をした通り笹川小水力発電関係のものであつたことが明らかにされているわけであるから、被告人今井一美がこの饗応について有罪の認定をうけるためには同被告人が被告人大前修と同様に小水力発電関係について何等かの職務権限を有していたかどうか明確にしなければならないことになる。そこで同被告人が果して小水力発電関係について何等かの職務権限を有していたかどうかを検討してみるに、押収に係る「昭和二七年一〇月一日現在農村工業課執務機構、昭和三〇年五月一日現在農村工業課執務機構及び事務分担表」(証第三〇号)によれば、同被告人は検察官の主張するように農村工業課資金資材係長として「小水力発電施設に要する資金計画並びに資金確保事務」をも担当していることが記載されている。然し乍ら同被告人の当公判廷における供述並びに証人海住実(前農村工業課長)、同江川了(元農村工業課長)の各証言によれば、右職務分担表は必ずしも現実の職務分担関係をそのまま記載したものでないことが認められる。従つて右職務分担表の記載のみを根拠として被告人今井一美の職務権限を認定することはできないのである。却つて右各証言によると農村工業課所管の小水力発電関係の事務は比較的技術的な面が多くこれを主管する電化班長は事務官でなく技官が配置せられており、且事務の繁閑により同一課内の何人でも適宜電化班長の仕事を担当せしめ得るというものでないことが認められ、この意味において同被告人は小水力発電関係については何等の職務権限を有しなかつたことが明白である。而して右分担表には尚右「小水力発電施設に要する資金計画並びに資金確保事務」を担当する旨記載されているから仮に被告人今井一美において現実にはこの事務を担当していないものとしても、潜在的にはこれ等の事務を担当し得る可能性があるわけであるからこの意味において小水力発電関係についても職務権限があるとの見解も生ずるわけであるが、右分担表の諸所に表われている「資金計画並びに資金確保事務」とは、後に協和冷蔵関係において述べる如く現実の融資事務とは全く関係のない純然たる行政官庁の内部的事務であることが明らかであるから、現実の融資事務(融資をうける者と農林漁業金融公庫との関係であつて、農林省は関係がない)についても何等の職務権限を有しないのである。従つて同被告人は小水力発電関係については本件収賄罪の前提となる何等の職務権限がないことが明らかとなつた次第であるから前示(四)の同被告人に対する収賄罪は成立しないものと断ぜざるを得ないのである。また小水力発電関係について職務権限ある被告人大前修と共謀して饗応をうけたものであると認定することも前述の如く証拠上困難であるからこの共謀の点についても犯罪の証明が不充分である。次に昭和三一年一月一四日付起訴状の公訴事実第二の(二)の(1)については、被告人和田道郎、同野中鼎に対する昭和三一年一月一四日付起訴状の公訴事実第一の(一)の(イ)(ロ)についての無罪理由と同一の理由によつて無罪であるからこれを援用する。同起訴状の第二の(二)の(2)については、前述の如く同被告人が小水力発電関係については何等の職務権限を有しなかつたことが明白となつたのであるから右金銭収受について公務員としては勿論非難されるであろうが刑法上の収賄罪の構成要件はこれを欠くものと謂わねばならない。次に昭和三〇年一二月二四日付起訴状の公訴事実第二の事実について審究してみるに、同被告人の当公判廷における供述、被告人島村与一郎の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書を綜合してみると、被告人島村与一郎において昭和二九年六月頃、協和冷蔵株式会社を設立してその代表取締役に就任した上、農林漁業金融公庫から農林漁業資金を借入れ農産物冷蔵庫の建設管理事業を計画し、その資金借入れにつき農林事務官であつた被告人今井一美は右島村与一郎等から有利な取扱並びに援助を依頼され右島村与一郎又は川尻健二等を介しその報酬として右公訴事実の如き金品を受領したことは明らかである。そこで被告人今井一美において右金品の提供の趣旨に対応する冷蔵庫建設に要する資金融資について何等かの職務権限を有していたかどうかを検討してみるに、押収に係る前掲職務分担表(証第三〇号)によれば、同被告人は農村工業課資金資材係長として「農村工業、副業の合理化及び増設に要する資金計画並びに資金確保事務」を担当している旨記載されており、且同被告人の当公判廷における供述によつても右事務を担当し、また農村工業の対象となる冷蔵庫建設に要する資金計画並びに資金確保事務もこれに包含されていることが明らかである。然し乍ら同被告人の当公判廷における供述、証人海住実、同江川了の各証言を綜合すると、被告人島村与一郎の計画したところの冷蔵庫事業は当初から農村工業の対象となる冷蔵庫事業でなく従つて被告人今井一美の前示担当事務の範囲外のものであつたことが認められるのである。農村工業の対象となる冷蔵庫事業ではないにしても冷蔵庫事業という共通の点において被告人今井一美の職務執行と密接な関係があるから本件については尚収賄罪の成立を認むべきであるとの見解も生ずるわけであるが、被告人島村与一郎が被告人今井一美に対し金品を提供した目的は検察官も主張する如く、冷蔵庫建設に要する農林漁業資金の借入れにつき有利な取扱又は援助を依頼するための報酬であつたことが明らかであるが、証人遠藤弥豊治、同栗崎彦十郎の各証言並びに押収に係る「農林漁業金融公庫関係法規集」(証第六二号)によれば、右資金融資に関する事務は法制上農林省とは別個の機関である農林漁業金融公庫が農林漁業金融公庫法に定むる規準に従つて取扱つていたものであり、被告人今井一美はこれ等の融資事務については何等の職務権限を有しなかつたことが認められるのである。尚前掲各証言によれば前示職務分担表の「資金計画並びに資金確保事務」とは次年度において農林漁業金融公庫が融資する農林漁業資金の全体的需要量をその前年度において関係所管課において推計し農林漁業金融公庫の融資予算編成の基礎資料を作成するところの純内部的な事務であることが認められるから、仮に本件の冷蔵庫事業が農村工業の対象となる冷蔵庫事業であつたとしてもこれに要する農林漁業資金の融資事務については、農村工業課において何等の責任関係がなく従つて被告人今井一美においても何等の職務権限を有しないものと謂わなければならないから、これらの職務関係のあることを前提とする本件収賄罪は成立しない。

被告人島村与一郎に対する公訴事実即ち「被告人は協和冷蔵株式会社を設立することを企図し、これに要する資金として農林漁業金融公庫から農林漁業資金を借入れるにつき、当時農林省において右農林漁業金融公庫からの貸付に関する資金計画並びに資金確保事務等を担当していた農林事務官今井一美に対し、資金借入等につき有利な取扱並びに援助を依頼し、その報酬として昭和二九年六月二四日頃より同年一二月二〇日頃迄の間前後九回に亘り東京都内、金沢市内において、現金合計四九、〇〇〇円、黒塗菓子皿一組、ウイスキ瓶一本を供与した」との事実について検討してみるに、前記の如く被告人今井一美においてこの点について何等の職務権限を有しなかつたことが明白となつたのであるから、被告人島村与一郎のこれに対応する贈賄罪もまた成立しないことが明らかである。

よつて以上の点について夫々刑事訴訟法第三三六条により主文において夫々無罪の言渡をする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 野村忠治 斉藤寿 矢代利則)

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